怪物はハコの中に

架空の劇団にまつわる創作に関するものです

五分の魂

 ぼくの身体はコルク板の上。ニヤニヤと笑う目がぼくを見下ろしている。
「芋虫にさあ、目玉みたいな模様つけてるのいるでしょ。あれ、なんのつもりだと思う?」
 ピンがぼくの腹を貫き、コルク板に突き刺さる。声は出なかった。声帯なんて生まれつき持っていないみたいだった。
「蛇だよ、蛇! 自分達を狙う鳥の、天敵の擬態をしてるってわけ。おかしいだろ? あんなちっぽけな身で、一生懸命怪物の真似をして生き残ろうとしてるのさ。健気だよねえ」
 胸に、脚に、首に。ピンがぶすぶすとぼくの身体に刺さっていく。痛い、いたい――なのに、涙も、血すらも出ない。
「でも――所詮はただの芋虫だ」
 ぼくの周りには同じようにピンで固定された虫達がお行儀よく並んでいる。ああ、そうか――だからぼくはこんなに小さくて醜い形をしているのか。
「君ってそんな感じなんだよね。必死でイキってるけど、しょぼくて薄っぺらで、中身がない。真似事のままごとはなんの意味もないってわかってる? 大人しく草むらにでも隠れてたらいいのに、無理して目立とうとしちゃってさ。このままじゃ君、どうなると思う?」
 ぼくをしまった箱の蓋がゆっくり閉まっていく。世界が狭くて暗い、息苦しい。……こんなの嫌だ。こんなの、まるで……
「食われて死ぬか、潰されて死ぬか……それとも、僕がここで終わらせてあげるほうが『幸せ』かもねえ?」
 それきり、世界はついに静かになった。まるで、ぼく一人しかいなくなったみたいに。


 「いやだあああああああああああああああああああああああっ!」


「うるさい!」
 怒鳴り声とともに、世界が急に明るくなる。前髪を鼻まで伸ばした根暗そうな男が、今にもぼくに掴みかからんとしている。
「あ、あれ? 浦倉くん? なんで?」
「ここは僕の家です! 君がいきなり押しかけてきたんじゃないですか!」
 ああ、そうだったっけ……布団代わりのバスタオルをどかして起き上がる。趣味の悪い時計は三時を指している。
「ごめん、目が覚めたら真っ暗で驚いて……」
「真夜中ですからね。僕、明日朝から講義あるんですけど」
 家主の浦倉くん――ブルートループの照明スタッフで、ぼくと同い年だ――が恨めしげな目を前髪から覗かせる。元々お化けみたいな顔だから、夜中だといっそう不気味に見える。
「まったく……一晩だけっていうから泊めたのに、もう三日目で、しかもこれですか……。さすがにいいかげん迷惑なんですけど。そろそろ出てってくださいよ」
「そんなこと言わないでよ。オレの分の生活費出してあげてるんだから」
「当たり前のことを押し付けがましく言わないでください」
 なんだよ、家賃がほとんどタダみたいなボロアパートに住んでるくせに生意気な。
「しょうがないなあ。日頃の感謝の気持ちを込めて情熱的にハグしてあげるよ!」
「出ていけ」
 バスタオルごと蹴られそうになった。
「わーっ! わーっ! 今のナシナシ!」
「じゃあ明日には出てってくださいね」
 本当に生意気な奴。エロ雑誌買う度胸ないから青年誌のエロ漫画オカズにしてんの知ってるんだぞ。
「実家に戻るなり、新しい部屋探すなり……ていうか、家の人と喧嘩したから家出なんて中学生じゃないんですから。さっさと謝って帰ればいいじゃないですか」
「嫌だよ。あいつ頭オカシーから、話し合いなんて通じないの。もうあんな奴と一緒に生活なんてできないね」
「またそんな中学生みたいなこと……」
 中学生みたいなエロラノベ読んでる浦倉くんが鬱陶しそうに溜め息をついた。
「ねー、頼むよマコくん~。あと二、三日だけさあ~。そしたら本当に出てくからさ~」
「うわっ、気持ち悪い呼び方しないでくださいよ。いや触んないでください、ほんとキモい」
「お願いってば~」
 ひとしきり縋り付いて泣き喚いてみたけど効果はないみたいだった。本当に冷たい奴だ。
 そういうところを気に入ってるんだけどさ。
「……ねえ、城戸ってどう思う?」
「は? 城戸ってあの……こないだからレッスンに入ってる?」
「あいつさー、なんかヤな感じしない? 人を見下してるっていうか、見透かしてるっていうか」
「はあ……」
 どろりと濁った眼が戸惑ったようにぼくを見つめる。人間に怯えて、世界を憎んでいる色。ぼくと同じだ。
「……そんなの、あの人に限った話じゃないでしょう。僕らみたいな何もない若者のこと、みんな軽んじてますよ、あそこの人達は」
「……うん、そうだね」
 みんなそうだ――みんな勝手にぼくらの中身を決めつけて、つまらない箱にしまおうとする。何もかもわかってるみたいな言い方をして。
 ぼくのことを見てもいないくせに。
「早く出世して、馬鹿にしてきた奴らを見返せるくらいに成ってやろうね」
 ぼくの言葉に浦倉くんは眩しそうに目を細めて唸っているような声を漏らした。
「ていうか、早く寝たいんですって」
「あーはいそうねそうね。お子様マコくんはもう寝たいよね。うわっ、もう三時? 夜更かししたら駄目だよマコくん~」
「うるさい」
 ぱちんと電気が消える。全然つれない浦倉くんに舌打ちをして、ぼくも再びバスタオルを被った。
 暗いのはやっぱり嫌だ。