怪物はハコの中に

架空の劇団にまつわる創作に関するものです

幕間

物狂いのインターバル

「『ずっと、ひとりだった――』」 違う。 こんなの、彼らしくない。 舞台上で“アデル”を演じる斎波正己を見て、城戸礼衛は観客席で息を呑んだ。 斎波は、こんな演技をする男じゃあない。 叫んでも怒鳴ってもいないのに、客席の最奥までよく響く声。重みを感じ…

Loving dead

「『あなたの全てをいただくことができないのなら、せめて、半分を分けてはもらえないでしょうか』」 大好きなおはなしの一節を口にする。本は手元にあるけど、開かなくても大丈夫。きっといつだってそらんじられる。「『あなたの苦しみや悲しさを、わたしが…

五分の魂

ぼくの身体はコルク板の上。ニヤニヤと笑う目がぼくを見下ろしている。「芋虫にさあ、目玉みたいな模様つけてるのいるでしょ。あれ、なんのつもりだと思う?」 ピンがぼくの腹を貫き、コルク板に突き刺さる。声は出なかった。声帯なんて生まれつき持っていな…

ルナティック・フォー・ユー

レッスン帰りに見た夕空は、いやに大きい月が丸く煌々と輝いていた。「お月様がきれいだね」 何時間も踊り、歌い続けていたはずの彼女はまるで疲れを感じていないようにスキップしながら空を見上げている。彼女にそう言われると、なんでもないはずの月が彼女…

悪魔が戻りて

劇団ブルートループの若きエース、斎波正己の暴力事件による波紋は、入団から日の浅い新人団員や若手俳優達にも広がっていた。「マジであの人、殴ったん?」「知らなぁい。でも紅蓮クン、怪我してたってぇ」「これからウチらどうなんのよ……暴力野郎と同じ劇…

枯木忠高の小規模な懊悩

斎波が『ああ』なってからしばらく、ブルートループ内はひどいもんだった。「正己くん、どうしてあんな……」「もうやめましょうって。起こったことはどうしようもできないんですから」 特にショックを受けていたのは俺と同じ、先代座長時代から残留していた“…

変わらぬ愛を求めて

嫌いという感情は、きっと自分自身を守るためにあるのだ。 多くのものを好きでいるには、人間の心はあまりに小さい。 薄暗がりのカーテンコール。拍手喝采は、起こらない。 当然だ。舞台上には私しかいないのだから。「『志島の娘』もこの程度か」 観客席か…

星が見えぬ日に

彼女の墓前に向かうのは、命日でも誕生日でもなく、自分が出演した公演の千秋楽だと決めていた。 適当に買ったペットボトルのミネラルウォーターを供え、祈るでもなくただ立ち尽くす。これが彼流の墓参りだった。知人からは礼儀知らずだと窘められるが、別に…